AIを実務戦力にする前提を揃える

「便利な相談相手」で止まらないために

このコマのゴール

生成AIでできること・まだできないことの線引きを押さえ、支援先情報をAIに入力してよい/いけないの基準を、受講者ご自身の言葉でA4 1枚に確定する。

このコマで何ができるようになるか

なぜこれが必要なのか

生成AIは、この数年で急速に実務へ入り込んできました。文章を作る・要約する・整理するという作業は、以前は人が時間をかけて行っていましたが、いまは指示を出すだけで一定の水準の下書きが返ってきます。一方で、多くの人の使い方は「チャット画面に質問を打ち、返ってきた答えを読んで終わり」という、いわば「便利な相談相手」の範囲で止まっています。それ自体は悪いことではありませんが、実務の戦力として使うには、もう一段階の理解が要ります。

もう一つ、中小企業診断士という立場ならではの論点があります。皆さまは、顧問先の非公表の決算数値や取引条件、事業承継の見通しといった機微な情報に日常的に触れます。生成AIは便利な道具ですが、便利さと引き換えに、情報の扱い方に新しい注意点が加わります。一度AIサービスに送信した内容は、後から取り消すことができません。

このコマの目的は、この2つ——「生成AIの実力を正しく見積もること」と「情報の線引きを自分の言葉で持つこと」——を、4日間の土台として最初に揃えることです。ここが曖昧なままDay2以降の診断・提案に進むと、便利さだけを追いかけて、あとで取り返しのつかない事故につながりかねません。

押さえる考え方

生成AIの現在地 — できること/まだできないことの線引き

生成AIが得意なのは、大量の文章を読み、指定した形式に整理し直す作業です。面談メモを議事録の形に整える、複数の資料を横断して要約する、決まった構成に沿って文章を組み立てる——こうした「型に沿って情報を並べ替える」作業は、人がやると半日仕事になることも、生成AIであれば数分で下書きが出てきます。

この講座で使う生成AIの操作画面は、チャット画面に文章を打ち込んで答えをコピーするという一般的なイメージとは、少し発想が異なります。指定したフォルダの中身を、AI自身が直接読みに行き、答えを画面に表示するだけでなく、指定した場所にファイルとして書き出します。「議事録を読んで整理してください」と伝えると、AIが自分でフォルダの中の議事録を開き、整理した結果を新しいファイルとして保存する、という動き方です。この「読みに行く」「書き出す」という2つの動きが、以降のコマで扱う診断・提案・レポート作成すべての土台になります。

一方で、まだできないことも、はっきりしています。生成AIは、入力された情報の真偽を自分で検証する手段を持ちません。もっともらしい誤りを、自信のある口調で出力することがあります。また、法的な判断や、支援先との関係性を踏まえた最終的な意思決定は、AIが代わりに行ってよい領域ではありません。「できること」を大きく見積もりすぎず、「まだできないこと」を軽んじない——この線引きが、実務戦力として使うための最初の一歩です。

なぜ「便利な相談相手」で止まるのか

「議事録を整理して」とだけ伝えても、AIは一応の答えを返します。ただしその中身は、見出しの立て方も、どこまで詳しく書くかも、AIが自分で選んだ形式になります。これが「便利な相談相手」の限界です。

一方で、「この5項目の見出しで」「経営者の発言と、こちらの解釈を分けて」「未確認の部分には印を付けて」と条件を添えると、出力はそのまま次の工程で使える形に近づきます。この差はAIの性能差ではなく、渡した情報量の差です。診断士の方が普段、若手スタッフに仕事を頼むときに無意識に補っている前提条件(誰が読むか、どこまで書くか、どう分けるか)を、AIには言葉にして渡す必要がある、というだけの違いです。出力の質を決めているのは、AIの賢さではなく、指示の設計です。この感覚は、4日間を通じて繰り返し使うことになります。

支援先情報の取り扱い基準

生成AIを実務で使う際に、まず自分の中で確定させておくべきなのが、情報の取り扱い基準です。情報漏えいは、多くの場合「うっかり」というより、いくつかの決まった型で起きます。代表的なのは、オンライン面談や社内共有の最中に別のウインドウの中身が意図せず画面に映り込む「映り込み型」、バックアップのつもりでファイルを外部にアップロードし、あとから削除しても複製までは消えない「アップロード型」、AIサービスの初期設定を確認しないまま入力内容が学習に使われうる状態で機密情報を貼り付けてしまう「設定未確認型」の3つです。共通しているのは、どれも「送信した後には取り消せない」という一点です。

対処の基本は、支援先に関する情報を公開情報(公式サイトの内容、公表済みの決算など)、社内限定情報(進行中の企画の方向性など)、機密情報(非公表の財務数値、取引条件、個人情報など)の3段階に分けて考えることです。判断の目安は「これが漏れたときに、誰かに実害が出るか」で、少しでも出る可能性があるなら機密情報として扱います。

機密情報をどうしても扱いたいときは、マスキング(置き換え)をしてから渡します。「株式会社〇〇製作所」を「A社」に、実際の売上額を「約5億円規模」に置き換える、といった具合です。湘南精密工業(演習用の架空企業)を例にすると、実際の売上4億8,200万円という数字も、「売上約5億円規模、従業員30名弱の金属加工業」という粒度まで抽象化すれば、固有名詞を伏せたままAIに有用な助言を求められます。マスキングをしても、事例としての価値はほとんど失われません。

ただし、パスワード・APIキー・トークンといった認証情報だけは、この3段階の分類とは別枠です。マスキングの有無にかかわらず、認証情報は値そのものが機密の本体であり、一部を隠すという発想が成立しません。もう一つ確認しておきたいのが、使っているAIサービスの設定です。入力内容が学習に使われる設定になっていないか、法人向けプランと個人向けプランで扱いが異なっていないかは、契約時点で必ず確認します。仕様は変わり続けるため、この講座で説明した内容をそのまま覚えるのではなく、その都度、契約時点の公式情報を確認する習慣にしてください。

手を動かす手順

  1. 配布フォルダを開き、起動ファイルをダブルクリックします。黒い画面(ターミナル)が開きますが、操作するのはこの画面そのものではなく、画面の下に出てくる入力欄です。
  2. 自分の実際の顧問先を1社、頭に思い浮かべます。名前は書き出さず、この演習の中ではAIに入力しません。
  3. プロンプト集の「AI利用ルール(線引き表)を作る」(security-01)を使い、自分の状況(業種、預かっている資料の種類、契約しているAIサービス名)を【 】部分に当てはめて実行します。
  4. 出力された表(情報の種類/入れてよいか/理由/加工方法の4列)を確認し、自分の実務に照らして違和感のある行を直します。
  5. 「要確認」に分類された項目について、誰に確認すべきか(顧問弁護士、協会の相談窓口など)を自分の言葉で書き足します。
  6. 作った表をA4 1枚に収まる形で保存します。
  7. 隣の受講者と表を交換し、相手の表に抜けている項目がないか、お互いに指摘し合います。
  8. 実際の案件で、目の前の1枚をAIに渡す前にその場で確認したいときのために、「この資料をAIに渡してよいか判定する」(security-02)というプロンプトも用意されています。時間が余った方は、こちらも試してみてください。

つまずきやすいところ

このコマが終わったときの状態

時間配分(計120分)

受講者が士業のため、法的な断定は行いません。確認すべき項目を示し、最終判断はご本人と顧問弁護士に委ねる形で進めます。

このコマで残るもの

このコマで身につくAIの使い方

このコマで使うプロンプト

このコマに関係する、顧問先へお渡しする文書

実務で顧問先に説明し、合意をいただくための雛形です。そのままお使いいただけます。

当日のワークシート

演習中に手元に置いて、埋めながら進めるシートです。印刷してお使いいただけます。

ワークシートを開く →

このコマの事前学習

既存教材「WEBMARKS AIエージェントCAMP」から、このコマの予習に使うレッスンを選んでいます。

D1-1 に割り当てたレッスンを見る →

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